『さかちーのアメリカ旅行記 2003』酒井ちふみが再び単身渡米した際のあれやこれやを綴った旅行記
57丁目にあるホステル JAZZ ON THE TOWN に私は泊まっていた。ここは HABITAT HOTELと同じ建物内にあり、階毎に設備が異なっていて、バス付きプライベートルームもあれば、私が泊まっていた相部屋も有る。この HABITAT HOTELは前回最終日に泊まっていたホテルで馴染みが有った。でも改装して凄い綺麗になってた(玄関だけ)。ロビーの真正面には、クラブみたいなのも出来てて、そこにお洒落して立ち寄るニューヨーカー達と、激安旅行に命を燃やすバックパッカー達が同じエレベーターに乗り込む様は、ちょっとへんてこな感じだ。
1人旅は各地での出会いもその醍醐味のひとつ。そんな訳でルームメイト達との出会いに期待してここに決めたのに、少しホステルにしてはお高めのその部屋に予約を入れていたのは私だけで、4人部屋に結局私1人泊まるはめになった(笑)。もっと安い部屋(6、8人相部屋)には団体の高校生が宿泊していて、修学旅行のような楽し気にはしゃぐ声が聞こえて来る中、寂しかったよ〜、2段ベッドの上に1人で寝るのは(苦笑)。
場所はチョー便利で、ほったらかしで安全で、比較的きれいで良いんだけど、ホステルなのにキッチンがないのはがっかりだったなぁ。でも、屋上がテラスになってて、天気が良ければムチャ気持ち良いのよ。ネットで申し込めるのも便利だし、また興味ある人はHPのぞいてみて。
2003年11月8日土曜日
2003年11月7日金曜日
NO.5・2003/NOV/7th〜Lickey Lee Jones
リッキー・リー・ジョーンズのライブをニューヨークで見れる事が分かったのは、出発2週間前だったかしら。今回の旅の大きな目的にもなったのだけれど、その期待を裏切らない素晴らしい内容だった。
旅の3日目、サンフランシスコからニューヨークへ飛行機で移動する。時差が3時間あるので午前中に乗り込んでも到着するのは夕方5時だ、そこから1時間シャトルバスでミッドタウンまで行ってホテルにチェックインして荷物を下ろして、即効8時30分開演の彼女のライブに滑り込む予定だった。
予定通りにバスを降りたのだけど、金曜日のニューヨークの夜、まったくタクシーがつかまらない。3年ぶりのニューヨーク、土地カンが戻らなくて、行く道行く道逆向きの一方通行で、結局30分程スーツケースを手でひいて小走りで15丁目分ほど北へ急ぐ。57丁目のホステルへチェックインして一応ホステルの中をざらっと見て、すぐライブへ向かった。途中、前回夏時間に変更されているのに気付いたダンキンドーナツの横を通る、なつかしい。
意外と簡単に会場のタウンホールを見つける。ネット予約の確認書とクレジットカードで本チケットと交換してくれるのだ。まだ外に沢山の客が溢れている当日券もまだあるようだった。ドリンクバーで生ビールを買う、うまいっ!走り続けてセーターも汗まみれ、喉もからからだった。客層がいい具合にばらばらだ、白い人、黄色い人、黒い人、ティーンエイジャー、年輩の人。これだけ多種多様な人々が集まるのは、やっぱりRLJらしい。嬉しくなった。
私の席は会場の右端、前から7列目ぐらい、ステージが良く見えた。客電がおちてさぁ始まり。
呆気無いくらい簡単に、沢山の共演者と一緒にRLJが手を上げて登場した。この素っ気無さ、かっこいい!RLJが聞き取りにくい英語で『バースデイが。。。』とMCする、すると客席から歌声が沸き上がった、『HAPPY BIRTHDAY TO YOU !!』彼女の誕生日だったんだね(もしくはそれに近かったのでしょうね)!!
ステージには、沢山のメンバーだ、RLJをまん中に半円上に突っ立ている。みんな彼女を見ている。彼女の一挙一動を見逃さないように、その緊張が伝わって来る。みんな複数楽器をやる。コーラスとパーカス、ドラムとパーカス、バイオリンとペット、サックス全種、ピアノとホルン、ギターとビブラホンなどなど。曲ごとに全員がそれらを持ち替え、バンドアンサンブルもあれば、歌と弦楽三重奏だったり、ブラスのソリがあったり、アコギとパーカスだけだったり。懲りに懲りまくってる、彼女のフォークという音楽の背景をベースにして、色んな角度から光をあてる感じで、これはPAが相当大変だわと思っていたら、途中ステージ上でかなりハウリングして、RLJが細かく舞台そでのエンジニアに指事を送っていたりするのが見えた。
彼女は真剣だった。昔ジャンキーだった彼女だが、今私の目の前で歌う彼女は立派な親方であり、挑戦し続ける歌い手であり、客席を沸せるエンターテナーだ、堂々と歌い綴る。
ピアノで弾き語る。素晴らしかった。抑制的で且つハイテンションな歌の連続だった。思わず立ち上がって拍手する。そうする事でより深く彼女の音楽に参加したいと思わせられる。そこにいるみんながそう感じていたと思う。声をあげてわんわん泣きたくなった。
彼女は今強力なブッシュ批判をしていると私には感じられる。彼女の最新作の中にある『アグリー・マン』は彼を指しているだろう。
彼女は真剣なんだ、それがそのライブで私が感じた答えだ。ここに、こんな大真面目に意義申し立てをし続ける女がいて、その女を見たいと望む人達がその彼女の文化に触れようと列をなして集まって来た。私もその1人だ。
ライブが終わって、PA卓をのぞきに行った、曲リストが一枚乗っけてあった。一瞬、欲しいと思った。その瞬間、中学生ぐらいの女の子が得意げにそれを拾い上げた。
どうぞ、今日の感動を忘れずにいて欲しいな、私より長く生きるはずの人が手にしてくれて良かったなって思った。
ツアーグッズが飛ぶように売れている横を通り過ぎて、ホステルに帰る。ニューヨーク1日目、上出来だった。
旅の3日目、サンフランシスコからニューヨークへ飛行機で移動する。時差が3時間あるので午前中に乗り込んでも到着するのは夕方5時だ、そこから1時間シャトルバスでミッドタウンまで行ってホテルにチェックインして荷物を下ろして、即効8時30分開演の彼女のライブに滑り込む予定だった。
予定通りにバスを降りたのだけど、金曜日のニューヨークの夜、まったくタクシーがつかまらない。3年ぶりのニューヨーク、土地カンが戻らなくて、行く道行く道逆向きの一方通行で、結局30分程スーツケースを手でひいて小走りで15丁目分ほど北へ急ぐ。57丁目のホステルへチェックインして一応ホステルの中をざらっと見て、すぐライブへ向かった。途中、前回夏時間に変更されているのに気付いたダンキンドーナツの横を通る、なつかしい。
意外と簡単に会場のタウンホールを見つける。ネット予約の確認書とクレジットカードで本チケットと交換してくれるのだ。まだ外に沢山の客が溢れている当日券もまだあるようだった。ドリンクバーで生ビールを買う、うまいっ!走り続けてセーターも汗まみれ、喉もからからだった。客層がいい具合にばらばらだ、白い人、黄色い人、黒い人、ティーンエイジャー、年輩の人。これだけ多種多様な人々が集まるのは、やっぱりRLJらしい。嬉しくなった。
私の席は会場の右端、前から7列目ぐらい、ステージが良く見えた。客電がおちてさぁ始まり。
呆気無いくらい簡単に、沢山の共演者と一緒にRLJが手を上げて登場した。この素っ気無さ、かっこいい!RLJが聞き取りにくい英語で『バースデイが。。。』とMCする、すると客席から歌声が沸き上がった、『HAPPY BIRTHDAY TO YOU !!』彼女の誕生日だったんだね(もしくはそれに近かったのでしょうね)!!
ステージには、沢山のメンバーだ、RLJをまん中に半円上に突っ立ている。みんな彼女を見ている。彼女の一挙一動を見逃さないように、その緊張が伝わって来る。みんな複数楽器をやる。コーラスとパーカス、ドラムとパーカス、バイオリンとペット、サックス全種、ピアノとホルン、ギターとビブラホンなどなど。曲ごとに全員がそれらを持ち替え、バンドアンサンブルもあれば、歌と弦楽三重奏だったり、ブラスのソリがあったり、アコギとパーカスだけだったり。懲りに懲りまくってる、彼女のフォークという音楽の背景をベースにして、色んな角度から光をあてる感じで、これはPAが相当大変だわと思っていたら、途中ステージ上でかなりハウリングして、RLJが細かく舞台そでのエンジニアに指事を送っていたりするのが見えた。
彼女は真剣だった。昔ジャンキーだった彼女だが、今私の目の前で歌う彼女は立派な親方であり、挑戦し続ける歌い手であり、客席を沸せるエンターテナーだ、堂々と歌い綴る。
ピアノで弾き語る。素晴らしかった。抑制的で且つハイテンションな歌の連続だった。思わず立ち上がって拍手する。そうする事でより深く彼女の音楽に参加したいと思わせられる。そこにいるみんながそう感じていたと思う。声をあげてわんわん泣きたくなった。
彼女は今強力なブッシュ批判をしていると私には感じられる。彼女の最新作の中にある『アグリー・マン』は彼を指しているだろう。
彼女は真剣なんだ、それがそのライブで私が感じた答えだ。ここに、こんな大真面目に意義申し立てをし続ける女がいて、その女を見たいと望む人達がその彼女の文化に触れようと列をなして集まって来た。私もその1人だ。
ライブが終わって、PA卓をのぞきに行った、曲リストが一枚乗っけてあった。一瞬、欲しいと思った。その瞬間、中学生ぐらいの女の子が得意げにそれを拾い上げた。
どうぞ、今日の感動を忘れずにいて欲しいな、私より長く生きるはずの人が手にしてくれて良かったなって思った。
ツアーグッズが飛ぶように売れている横を通り過ぎて、ホステルに帰る。ニューヨーク1日目、上出来だった。
2003年11月6日木曜日
NO.4・2003/NOV/6th〜飛び入り
『さかちーのアメリカ旅行記 2003』酒井ちふみが再び単身渡米した際のあれやこれやを綴った旅行記
写真:たけぞうさん、クリスさんと。サンフランシスコのライブ後のバーにて
朝早く起きて素早く行動するつもりが、やっぱり昼までぐうたらしてしまって、目がさめた、でもここはアメリカ、サンフランシスコ、バークレ〜!たけぞうさん家の素敵なキッチンで珈琲とSourdough(サワドーと呼んでたの)という不思議なパンをいただく。このパンとっても大きくて、とってもねちっこくて、結構すっぱい不思議なパンなのだ。サンフランシスコでは、とってもポピュラーらしい、美味しいの。たけぞうさんのオリジナルソングを聞きながら、色々と話した。そして観光にでた。
サンフランシスコを歩く。かに・えび屋台だらけで、それを蒸している匂いがつんとしてた。ブルースが聞こえて来る、階段を上がってステージを見る。ちっちゃいステージにバンドがのっていた、音楽自体は、ちょっとお土産ライブ的で興味が沸かなかった。雨が降っていて、体が冷えていた。アイリッシュコーヒーの美味しいお店へいく。歴史のある珈琲ショップって、ホント良いよね、また話し込む。
美味しい物を食べようという事になって、シーフードレストランヘ行った。良い店で超満員だった、サンフランシスコは観光都市なんだよなぁって思った。クラムチャウダーと蟹と、パスタと注文したが、パスタの量が凄くて持ち帰ることにする。こういうとこ、アメリカは合理的だよね、日本の気取った店ではそんなのしてくれないもん。
満腹で幸せになって、次に向かったのは、たけぞうさんの音楽仲間のクリスさんが演奏しているレストラン『フィガロ』だった。車をとめようにもなかなか駐車場があかず、ぐるぐる回っているうちになんとか空きを見つける。フィガロに入るが、クリスさんがいない。でも数人のバンドマンがセッティングしている。私が、京都のレストランでライブしているのと何も変わらない。いつもの光景だ。
クリスさんがやっと来た、演奏が始まる。Dr,Key,Bass, Saxの四人だ。そうヴォーカルがいない。1stステージが終わって、メンバーにたけぞうさんが私が歌い手だと紹介してくれた。ヴォーカルがいないし、歌ってごらんと言われて、歌う事にした!!サマータイムとイパネマと上を向いて歩こうをそのまま日本語で歌った。もっと歌いたかったけど(笑)私があんまりジャズのスタンダードを知らないから、それでいっぱいいっぱいだった。お客さんはウェルカムな感じでハッピーで有り難かった。あっという間に時が過ぎる。歌い終わると沢山の拍手をもらった、有難う。
バンドの演奏が終わると、いそいで機材をかたす。ひと段落するとメンバー皆、おっきいピザボックスとサラダボウルを貰っていた。まかない付きという訳だ。それを皆もって帰る。ライブはこれで終わりだ。お疲れ様だ。
前は、アメリカで歌う事なんか想像つかなかったし、だからこそ特別な事のように思っていた。そしてそれを実現したなら、どれだけ凄いだろうと、私自身をどれだけ変える事になるんだろうと期待もしていた。でも、もしかしたらそんな事はどうでもいいのかもと思った。何処で歌っても、歌は歌だ。ただそれだけだ。その体の中で育まれたものが、外に出るだけだ。
時間にしたら、きっと15分あったかないかだったけど、貴重な時間だった。
異国の地で歌う事で、感覚が豊かになって、刺激されて、私なりの答えに辿り着くんだ。
だから次も、必ずニューヨークでも歌おうと思った
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